介護福祉師


第一章:孤独

4.暗闇の中

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 私はさっき歩いてきた暗闇をゆっくりと戻り始めた。心の中は冷静さを取り戻し、行きの自分とは別人のようになっていた。冷静になるとあたり一面暗闇で、人の気配が全くしないことが少し恐ろしく感じる。しかし私は戻ることなく、前を向き一歩ずつ足を前に出した。なんとなく、この闇の中を抜ければ、希望の光が見えてくるような、そんな錯覚にとらわれた。
 雪に足を取られ、何度も転んだ。しかし私はその都度立ち上がり、道なき道を進んだ。心の中はなぜか熱いものがこみあげてきて、一刻も早く家に帰り、何かしなければとの思いに駆られる。
 周りは月に照らされているところまでしか見えず、その先は暗闇で何があるのか全く分からない。視覚や聴覚、嗅覚が全く当てにならない状況だった。先に進むことが少し恐怖に感じる。しかし私は足を止めない。恐怖に負けてはいけない、前に進むんだ、と心に言い聞かせる。これからも今のように暗闇の中を進むことになるだろう。しかし一歩ずつ前に進めば必ず道が開ける。
 時折、近くから変な音が聞こえ驚くこともあったが、怯えてはいけないと目をしっかりと開き前を見つめた。雑念や見えない恐怖を追い払う。もう見えない敵に怯えていてはいけないのです。
 どこまでも続く暗闇を手さぐり歩いて行く。雪が降り積もっているため足場が悪く、雪に埋まり非常に歩きづらい。ゆっくり、ゆっくりと足を前に出していった。 

 両親の顔が頭に浮かんだ。今まで育ててくれた両親に対し、恩を仇で返すわけにはいかない。しっかりと就職し、自立した姿を見せて、安心させてあげなければならない。ここで死ぬわけにはいかない。
 私は凍えながら、暗闇の向こうに足を出した。闇の向こうには何が待ち構えているか分からない。1メートル先は、崖かもしれない。しかし私は恐れず前に進む。

 私だって、やればできるはずだ。暗闇を抜けることが出来るはずだ。逃げ出さず、ゆっくりと進みさえすれば、必ず光が見えてくるはず。
 何年かかったって構わない。死ぬことは2度と考えず、前に進もう

 心に誓い、ゆっくりと暗闇の中、前へ前へと足を出していった。


 歩き始めて30分が経過した。不意に疲労を感じ、足を止めた。往復で1時間以上も山道、足の悪い道を歩き続けていた。疲労を感じるのも当然のことだった。靴やズボンは、ぐっしょりと濡れてしまっている。つま先が冷え切っていて感覚が鈍ってきていた。ズボンのポケットから煙草を取り出し、火をつけた。煙をゆっくりと吐き出す。着ているシャツは汗でべっとり濡れていた。
 休んでいる暇はない、早く車に戻ろう。そう考え重くなった足を前に出した。




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