介護福祉師


第一章:孤独

4.暗闇の中

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 しかしどういうわけか片足が外れない。石にくっついてしまったかのように全く動かない。もう一度力を入れ、足を外そうとした。しかし足は離れない。まるでその足が自ら意志を持っているように私の言うことを聞いてはくれない。その後も何度となく足を外そうとしたが、どうしても動いてはくれなかった。
 一旦中止し、首から縄を外した。
「あれほど決意したのに・・・なぜ?」
 呟いて、雪の上に座り込んだ。脱力感が私を襲う。
 生きていても周りに迷惑をかけるばかりで、明るいものなど全く見えない。将来が深い闇の中にあることを十分に理解し、ここにいるはずだ。もう戻ることはできない。
 もう一度膝に力を入れ立ち上がり、石の上にのり縄をゆっくりと自分の首にかけた。そして片足を前に出した。
 しかし1度目と結果は同じだった。もう一方の足が全く動かない。それどころかその足がぶるぶると震え始めてきてしまった。

 私の心の奥底では、死ぬことを拒否しているようだった。それどころか恐怖におののいていた。死を恐れているわけではないと思う。死の先にある世界、生きている人間には決して味わうことのできないその世界に、私は心底恐怖を感じた。足だけではなく、体全体が震えだし、呼吸も荒くなった。
 そして地面に膝から崩れ落ちた。自分が情けなくなって両手で頭を抱えた。
「情けねえ・・・。」
 歯を食いしばりそう呟くと、目からは、ぼたぼたと涙が溢れ出してきた。
 私はなんて情けない人間なんでしょう・・・生きることもできなければ、死ぬことも出来ないんです。すべてから逃げ、そして死のうと考え、いざ死のうとすると、死という恐怖に駆られ、恐れ実行できない。

 私は甘えていたのです。家族に、社会に、そして自分自身に・・・。
 そのことを死の直前になって気付いたのです。

 私は時を忘れ、大声で泣き続けました。
「情けねえ! 情けねえ!」

 そして私はすべてから逃げようとしていたのです。社会から、友人から、そして生きることから。他の人たちは自分と向き合い、そして自分の弱点から逃げずに頑張って生きているというのに、私ときたら、死ぬことも出来ないのに、毎日死ぬことばかり考えている大馬鹿者でした。
溢れ出る涙を腕でぬぐいながら、私は崩壊したように泣き続けました。



 何時間泣き続けただろうか。私は心の中で決意した。

 何が起こっても死ぬことは考えない。なぜなら、怖くて死ねないからだ。そして自ら命を絶つことは最悪の逃げだと思う。生きることを考えよう。死ぬことが出来ないことを十分に理解して、これからは生きることだけを考えよう。
 もうこんなみじめな思いはしたくない・・・。前に進もう。失うものは一つもないし、これ以上落ちることもないだろう。もしもこの状態がいつまでも続いたとしても、自分を捨てることはしない。何があっても生きていこう。一歩ずつ、少しずつでいいからはい上がろう。今は無理でも何年後かには必ず今の状態を打開しよう。
 暗闇の中、強く、そして冷静に決意した。

「家に帰ろう、時間がもったいない。」
 小さな声で呟き、私は大きな木を後にした。




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