介護福祉師


第一章:孤独

1.引きこもり

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「これが子供のころ思い描いていた、私の人生なのか・・・。」

 薄暗い部屋の中にあるカビ臭いベッドに座り、私は両手で顔を覆い、ため息をついた。部屋を囲むカーテンは固く閉まり、太陽の光が部屋の中に入ってくることを拒んでいる。そのため雰囲気は薄暗く、空気が鉛のように重く感じる。
 息をするのも苦しい・・・。
 広さが6畳ほどの狭い部屋の中に、私は独り絶望の底にいた。
 空気を吸うと、埃を吸いこんでいると錯覚するほど埃が舞っている。掃除をしたのはいつだったろうか、多分半年はやっていないだろう。部屋の隅に埃が厚くたまっている。部屋の中央にある机の上には、コンビニで買った弁当の空の容器が散乱し、異臭を放っていた。
 ベッドの枕もとには唯一時計があるが、ひびが入り壊れ、完全に止まってしまっている。時を刻むことはない。
厚く閉め切ってあるカーテンの隙間から、かすかに太陽の光が入ってきている。そのため今、夕方くらいだろうと想像できるが、何時かは全くわからない。
 私は机の上のゴミをどかし、マルボロの箱から煙草を1本取り出し火をつけた。そしてたばこの煙を胸一杯吸い込むと、ゆっくりと吐き出した。
 頭の中は不安が覆い尽くしている。何も考えることができない。
 頭の奥がズキズキと痛む。もう一度、煙を深く吸い込むと軽いめまいに襲われる。その直後、強い吐き気が私を襲った。
 激しい嗚咽を何度も繰り返し、少量の胃液を口から吐き出した。あわててティッシュをとり口を押さえる。少量の胃液を出しても不快感は治まらない。苦しく、息もできないほどの嗚咽を数分間繰り返す。ベッドのわきにしゃがみこんだ。
「苦しい、誰か助けてくれ。」
 最近胃の不快感が治まらず、食欲が湧いてこない。体が食べ物を受け付けてくれない。食べてもすぐに全部吐いてしまう。体重は1年前に比べて10キロ以上落ちた。
 数分後ようやく吐き気が治まると、ゆっくりと立ち上がった。ふらふらする足をなんとか前に出し、部屋の隅に置かれている鏡の前に立った。鏡には無精ひげを生やし、病人のような、薄気味悪い男が写っている。髪の毛はボサボサで肩まで伸び、顔色は青白い。
「これが俺か・・・。」
 眼の下にクマができ、頬はこけている。鏡に写っている男が自分自身だとは信じられない。

 ひきこもり・・・

 今社会問題となっているが、以前の私にとっては他人事で自分がそうなるとは夢にも思わなかった。
 しかし、この薄暗い部屋にひきこもり1年が経過しようとしている。仕事をするどころか外に出ることも全くせず。
「なにをやっているんだ・・・俺は」
深いため息をつく。
 始めは軽い頭痛が私を襲った。そのため1日だけ休もうとベッドにもぐりこんだ。しかし2日たっても頭痛は治まらず、そのうち1週間、2週間と、時は駈けるように過ぎて行った。1ヶ月を過ぎる頃には、私は時を見失い、自分ではどうすることもできなくなっていた。
 そのうち軽かった頭痛は治まるどころかむしろ勢いを増し私に襲いかかってきた。頭の芯が、時々激しくズキズキと痛み始める。その痛みに耐えきれず、ベッドの上で頭を抱えながら体を丸くし、痛みが治まるのを待った。今もその痛みは治まることはない。頭の芯の痛みに顔をしかめる。
 なぜこうなってしまったのか・・・。
 自問自答を繰り返す。どこで階段を踏み外してしまったのか、自分ではわからない。そしてどのようにすれば他人と同じように階段を登っていけるのか、まったくわからなかった。





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