介護福祉師


第一章:孤独

4.暗闇の中

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 私はなんて馬鹿なのでしょう。来るとき、死ぬことばかり考えていたので帰ることを全く考えていなかった。何の目印も付けていなかったため、この暗い夜道の中、道に迷ってしまったようなのです。
 あわててポケットから携帯電話を取り出し、助けを求めようとした。しかし山の中のため携帯の画面には圏外の文字が表示されていて、全くつながらない。
 圏外の文字を見たとき、私は心の底から焦った。とにかく早く車を見つけないと、大変なことになる。
 ぐるりとまわりを見回してみても、民家の明かりは全く見えない。何キロも巨大な闇が広がっている。道路すらないのだろう。車が走る音も全く聞こえない。
 どっちに進めばいいのだろう。頭の中は混乱し、冷静な判断が全く出来ない。しかし足を止めるわけにはいかない。ゆっくり足を前に出した。
 しかし歩いても、歩いても深くそして暗い森が続いていく。思考力も低下し、どこに向かって歩いているのかわからなくなってきた。
 このままでは、本当に死んでしまう・・・。
 さっき死にきれず、生きようと決意したばかりなのに、目前に死が迫ってきている。本当に死ぬかもしれないという恐怖は、私から冷静な判断力を奪っていった。自分の愚かさを呪い、後悔が押し寄せてくる。
 死にたくない・・・。

「助けてください! 誰か助けてください!!」

 私は体中に力を入れ、深い闇に向かって大声で叫んだ。
 独りで、自殺するため勝手に山の中に入り、そして死にきれず、挙句の果てに遭難しておいて、助けてくれなんて言うのもふざけた話だが、私は最後の力を振り絞り叫んだ。
 しかし、計画の段階で人に全く逢わない所を選んだことが災いし、私の声は山にぶつかりこだまとなって返ってきただけだった。
 私は自分の計画の完璧さを呪いました。

 しばらくすると歩く体力も無くなってきた。いったん立ち止まり空を見上げた。木々の間から星がきれいに光っていた。まだ夜が明けるには数時間がかかるだろう。絶望が私を襲った。
 しかしこんな暗い森の中で死にたくない、と重くなった足を前に出した。もう立っていることも難しくなり、姿勢は極端な前傾姿勢で、前に倒れそうになりながら必死でバランスをとった。疲労が頂点に達し、目がかすみ、時々意識が遠くなってきているのがわかる。氷点下の中、歩き続けて3時間は経過しているだろう。
 指先の感覚が全くない。服が全部濡れているため、相当体温も下がってきているだろう。歩けていること自体、不思議な感じになってきた。何も考えることが出来ない。ただ足を止めてしまうと本当に死んでしまう、その思いのみで足を前に出す。自分がどの方角に向かっているかは全く分からない。風景も変わりないし、目印になるものも全くない。どんどん奥地に向かっているような気になってくる。視界も極端に狭くなってきた。足の感覚がないため、動くスピードもかなり遅くなってくる。
 完全に遭難していた。

 もしかしてここから出られないのか。このまま遭難して死んでしまうのではないか・・・。
 頭の中にその考えが浮かんでくる。
 滑稽だった。これから生きていこうと決意したのに、帰り道に、遭難して死んでしまうとは・・・。
 目の前には広大な闇がいつまでも続いているように見える。




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