介護福祉師


第一章:孤独

4.暗闇の中

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 私の名前は小林直希といいます。長野県長野市、人口が30万人ほどの中核都市で生まれ今に至る。長野市は四方を山に囲まれた盆地状になっているため、車を1時間位走らせると民家のない山の中に入ることが出来る。
 車を運転し、カーブが多く細い山道を進む。車を運転し始め、1時間が経過するころ道もせまくなり、極端に交通量が少なくなった。しかし車の通らない細い道を、奥へ奥へと進む。しばらく車を走らせると、舗装のされていない砂利道が姿を現した。冬のため誰も近づいてこないのだろう、砂利道には車のタイヤの跡すら確認できない。
 最近になって誰も通っていないような道を私は進んだ。死にに行くために。

 1キロほど進んだだろうか。砂利道もみるみる狭くなっていき、私は車を止めエンジンを切った。
 車の外に出ると、辺りは雪に埋もれ、静寂の闇が広がっている。周りに生えている木の枝が風に吹かれ、ざわざわと不気味な音を立てていた。実家より、若干標高が高くなったせいか、外の温度が寒く感じる。周りに民家は全くない。道路もないため車が走っている音も聞こえない。半径1キロ以内には私以外の人間はいないだろう。
 暗闇の中、煙草を口にくわえ、火をつけゆっくりと煙を吸い込んだ。冷たい風が私に吹き付けるが、あまり寒さは感じない。もう一度煙草をすい、ゆっくりと煙を吐き出した。そしてたばこの火を消し、私は意を決し闇の中を進み始めた。
 積もっている雪は水分を多く含み、表面は固くなっているが、自分の体重を乗せると足が膝の上まで沈み込む。足を取られなかなか前には進めない。暗闇のため1メートル先も満足に見えない。気がつくと、目の前が10メートル以上の崖だったりする。風はびゅうびゅうと音をたて私に吹き付けてくる。
 しかし私の頭の中は死ぬことで占領されているため、寒さや足場の悪さなど苦にはならなかった。何のためらいもなく足を前に進める。

「これで楽になれる。これで楽になれる。」
 心の中でそう何度もつぶやいた。

 雪の中の悪路を30分位進んだだろうか。目の前に太く、立派な木が現れた。
 少し高い所に縄をかけるには十分の太さの幹がある。木を触りながら一周し私の体重を支えられるか確認した。十分に強度があることを確認し、ポケットから縄を取り出すと1番太い幹に縄をかけ、きつく縛りつけた。落ちないように厳重に固定する。1度ぶら下がってみたが、外れたり折れたりする様子もない。

 準備は終了した。後は死ぬだけとなった。

 踏み台となる石を、近くから運びその上に乗った後、首に縄を巻きつけた。そして天を見上げた。幹の間から見える夜空には星が輝いていて、雲1つない晴天だった。そして空に向かい呪文を唱えるようにつぶやいた。

「これで私の人生は終わりだ。ようやく楽になれる気がする。
 今まで生きてきて楽しいことなんかなく、生きることが苦痛で仕方なかった。最後まで支えてくれた両親には本当に申し訳なく思います・・・。しかしもう限界なんです。
 私は、普通の人が簡単に登っていける階段を、いつまでも登っていけないのです。自分でもわからないけど、私の中には何か欠陥があるのです。それを直すことができません。非常に憶病で、周りの人間の目を極端に気にし、脅え、そのため他人には強いことが言えず、自分の言いたいことを胸の中に秘めてきました。過去の失敗をいつまでも気にして、そして同じ失敗を繰り返してしまうんです。こんな私に明るい未来なんてありっこないんです。これから生きていっても今の闇の中からは抜け出せそうもありません。底辺を這うようにして生きていくことになるでしょう。

 私は自分のことが大嫌いなのです。臆病なところから始まり、顔は不細工で、友人との会話で面白いことが一つも言えず、運動音痴で周りの人間にはよく馬鹿にされました。こんな自分に心底疲れました。もう生きていく気力がありません。最後まで迷惑をかけ、期待に答えられず、本当にすいません。
 自ら命を絶って終わらせることにします。」
 幹は太く、縄もきつく縛ってあるので、万が一にも落ちる可能性はない。ゆっくりと深呼吸をし、心を落ち着かせてから台代わりの石の上に立った。
 首に縄をかけてから目を閉じ、もう一度深呼吸をした。そしてゆっくりと石に乗っている片足を外した。

 首に強い圧力がかかった。締め付けられ、歯を食いしばらないと呼吸が出来ない。もう片方の足を外せばすべてが終わる。もう一度深く息を吸い込んだ。そしてゆっくりと片足を外そうと試みた。




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